インドの智慧と暮らし⑨ なぜリシケシには世界中から人が集まるのか


初めてリシケシを訪れた時、

私は不思議な感覚を覚えました。

 

決して大都会ではありません。

 

便利な場所でもありません。

 

道路は決して整備されているとは言えず、

停電もあります。

 

牛が歩き、

猿が屋根を走り、

通りでは一日中クラクションが鳴り響いています。

 

日本の感覚から見れば、

快適さだけを求めるなら、

もっと良い場所はいくらでもあるでしょう。

 

それなのに、

なぜ世界中の人々は、

この小さな町を目指してやって来るのでしょうか。

 

 

ヨガの聖地と呼ばれる理由

 

リシケシは、

 

「世界のヨガの首都」

 

とも呼ばれています。

 

ガンジス河が流れ、

ヒマラヤの玄関口に位置し、

古くから多くの聖者や修行者たちが暮らしてきました。

 

ヨガはもともと、

単なる運動ではありませんでした。

 

人生の本質を探究する道でした。

 

その伝統が今も残っている場所の一つが、

リシケシなのです。

 

 

世界中から集まる人々

 

リシケシを歩いていると、

本当に様々な人と出会います。

 

ヨガを学びたい人。

 

人生の転機を迎えている人。

 

仕事を辞めて旅に出た人。

 

大切な人を失った人。

 

病気からの回復を願う人。

 

自分自身を見つめ直したい人。

 

国籍も年齢も職業も違います。

 

けれど共通しているのは、

何かを求めていることです。

 

もっと深く生きたい。

 

本当の自分を知りたい。

 

人生の意味を見つけたい。

 

そんな願いが、

人々をこの地へ導いているように感じます。

 

 

ガンジス河の存在

 

リシケシを語る上で、

ガンジス河の存在は欠かせません。

 

朝日を浴びながら流れるガンジス。

 

夕暮れのアールティ。

 

静かな水音。

 

川のほとりに座っているだけで、

心が静かになることがあります。

 

もちろん、

それを科学的に説明することは難しいかもしれません。

 

けれど何十年も前から、

多くの人々がここで祈り、

瞑想し、

内なる旅を続けてきました。

 

その積み重ねが、

この場所の空気を作っているように感じます。

 

 

 

聖地とは何だろう

 

私は長年インドへ通う中で、

聖地とは何だろうと考えるようになりました。

 

有名な寺院があること。

 

歴史があること。

 

それも一つの理由でしょう。

 

しかし本当の意味での聖地とは、

人が自分自身と深く向き合える場所なのかもしれません。

 

忙しさから離れ、

静かに立ち止まり、

人生を見つめ直すことができる場所。

 

リシケシには、

そんな力があります。

 

そして、

やがて、

 

地球上のどこにいても、

自己の内側には、

決して変わることのない「聖地」があることに気付きます。

 

 

 

私が感じるリシケシの魅力

 

私自身、

2012年から何度もリシケシへ通い続けています。

 

最初は自分のスタジオを開設し、しばらく経ち、

生徒さんの一人ひとりに自信を持ってもっと深く寄り添えるように、

ヨガの起源やヨガ哲学を学ぶためでした。

 

けれど今は少し違います。

もちろん学びは続いています。

 

しかしそれ以上に、

この場所へ帰ると、

日本の生活で忘れがちな大切なこと、

自分自身の原点を思い出せるのです。

 

何のためにヨガを学び始めたのか。

 

何を大切に生きていきたいのか。

 

何を世界へ遺したいのか。

 

そんなことを、

静かに思い出させてくれる場所なのです。

 

 

人は場所に呼ばれることがある

 

人生には、

理屈では説明できない出会いがあります。

 

人との出会い。

 

学びとの出会い。

 

そして場所との出会い。

 

リシケシもまた、

その一つなのかもしれません。

 

観光地としてではなく、

人生の転機として。

 

旅先としてではなく、

魂の学び舎として。

 

だから今日もまた、

世界中から多くの人々がこの地を訪れるのでしょう。

 

 

リシケシは、

特別な誰かになるための場所ではありません。

 

本来の自分を思い出すための場所です。

 

そしてその旅は、

ガンジスの流れのように、

静かに、

けれど確かに、

人生を変えていくのかもしれません。

 

 

RISHIKESH YOGASHALA

Yoga Wisdom

サティヤプレーマ