インドの智慧シリーズ⑥ なぜインド人は、こんなにも神様の話をするのか


インドでは、神様は特別な存在ではない

 

日本では、

神様というと神社やお寺。

特別な日にお参りするもの。

 

そんな感覚を持つ方も多いかもしれません。

 

けれどインドでは少し違います。

 

神様は日常の中にいます。

 

朝起きた時。

 

食事の前。

 

仕事へ向かう時。

 

車を買った時。

 

子供が試験を受ける時。

 

病気になった時。

 

人生のあらゆる場面に神様がいるのです。

 

だから彼らにとって神様は、

遠い存在ではなく、

家族のような存在なのかもしれません。

 


「私はやる。でも結果は神様に委ねる」

 

私がインドで学んだ大切な智慧の一つがあります。

 

それは、

 

「行為は自分の責任。
結果は神様の領域」

 

という考え方です。

 

これはまさに『バガヴァッド・ギーター』の教えでもあります。

 

人は努力する。

 

ベストを尽くす。

 

けれど結果を完全に支配することはできない。

 

天候もある。

 

他人の意思もある。

 

社会情勢もある。

 

だからインドの人々は、

 

「やるべきことはやる。
あとは神様に任せる」

 

という姿勢を大切にしています。

 


なぜ彼らは不確実な人生を受け入れられるのか

 

インドは決して便利な国ではありません。

 

予定通りに進まないこともあります。

 

突然の変更もあります。

 

理不尽なこともあります。

 

それでも多くの人は、

驚くほど前向きです。

 

なぜなら、

人生のすべてを自分だけで背負っていないからです。

 

もちろん努力はする。

 

でも、

 

「宇宙には自分を超えた大きな流れがある」

 

という感覚が根底にあります。

 

その感覚が、

彼らの強さであり、

しなやかさでもあるのだと思います。

 


ヨガ哲学における「神」とは何か

 

ここで誤解してほしくないことがあります。

 

ヨガ哲学における神とは、

特定の宗教への信仰だけを意味するものではありません。

 

宇宙の法則。

 

生命を生かしている大いなる力。

 

自然。

 

真理。

 

愛。

 

意識。

 

人によって表現は違います。

 

けれどヨガでは、

 

「自分だけが世界を動かしているのではない」

 

という理解が大切にされています。

 

それは決して無力になることではありません。

 

むしろ、

謙虚さと安心感をもたらします。

 


私たちは何を信じて生きているのだろう

 

人生には、

どうにもならないことがあります。

 

病気。

 

別れ。

 

老い。

 

死。

 

どれほど努力しても避けられない出来事があります。

 

そんな時、

私たちは何を支えに生きるのでしょうか。

 

インドの人々は、

神様という存在を通して、

その問いに向き合い続けてきました。

 

だからこそ私は、

 

インド人が神様の話をしているのを見るたびに、

 

宗教というより、

 

「人生への信頼」

 

を見ているような気持ちになるのです。

 


結び

 

ヨガとは、

人生を思い通りにするための技術ではありません。

 

むしろ、

思い通りにならない人生の中で、

なお心穏やかに生きるための智慧です。

 

そしてインドの人々は、

その智慧を日々の暮らしの中で実践しています。

 

神様を信じるということは、

何かに依存することではなく、

 

人生を信頼することなのかもしれません。

 

RISHIKESH YOGASHALA
Yoga Wisdom
サティヤプレーマ