私たちは毎日、食事をしています。
そして、その食べ物を身体の中で消化しています。
もし消化しきれなければ、身体には不要なものが残ってしまいます。
アーユルヴェーダでは、それをアーマと呼びます。
一般には「毒素」や「未消化物」と訳されることが多い言葉です。
けれど、この考え方は身体だけにとどまりません。
人生にも、消化しきれないものがあります。
誰かに言われた一言。
突然の別れ。
叶わなかった夢。
許せない出来事。
心の中で整理できないまま、そっとしまい込んだ感情。
そのような経験は、時間が経てば自然に消えるわけではありません。
身体に未消化のものが残るように、心にも未消化のものは静かに積み重なっていきます。
私たちは、「忘れた」と思うことがあります。
けれど本当は、忘れたのではなく、心の奥へ押し込めただけなのかもしれません。
だから似たような出来事が起きた時、突然涙があふれたり、必要以上に怒りが込み上げたりすることがあります。
その反応は、今起きた出来事だけではなく、これまで消化しきれなかった感情が、「ここにいるよ」と静かに知らせているのかもしれません。
アーユルヴェーダは、身体と心を別々には考えません。
身体が疲れれば、心も重くなります。
心が傷つけば、身体にも影響が現れます。
だから、本当の健康とは、身体だけを整えることではなく、心の中に残った未消化のものにも優しく目を向けることです。
とはいえ、アーマは敵ではありません。
「悪いものを取り除かなければ」と焦る必要もありません。
未消化のものがあるということは、それだけ一生懸命に生きてきた証でもあるからです。
大切なのは、無理に忘れようとすることではありません。
少しずつ受け止め、理解し、人生の一部として消化していくことです。
そのためには、静かな時間が必要です。
眠ること。
自然の中を歩くこと。
呼吸を感じること。
瞑想をすること。
誰かと安心して話すこと。
そして、自分自身の心に耳を澄ませること。
そうした時間の中で、心のアーマは少しずつ溶け始めます。
私は、アーユルヴェーダとは、「健康になるための技術」ではなく、「人生を消化していく智慧」なのだと感じています。
食べ物を消化するように、人生もまた少しずつ受け止め、意味へと変えていく。
その積み重ねが、心にも身体にも、本来の軽やかさを取り戻してくれるのでしょう。
次回はいよいよ、このシリーズの最終回です。
アーユルヴェーダを代表する「パンチャカルマ」を通して、「浄化」とは何か、そして人生を整え直すということについて、一緒に考えていきたいと思います。
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