前回の記事では、「魂の契約」という考え方についてお話ししました。
もちろん、それを証明することはできません。
けれど、もし魂が長い旅を続ける存在なのだとしたら、この人生で出会う人々にも、何らかの意味があるのではないか。
私は、そのように感じています。
では、その契約とは、どのようなものなのでしょうか。
長年、瞑想を続け、ヒーリングを行う中で、私が少しずつ理解するようになったことがあります。
それは、魂は一人では学べない、ということです。
喜びも。
悲しみも。
愛することも。
許すことも。
手放すことも。
誰かとの関わりがあって初めて、私たちはその学びを経験することができます。
だから魂は、この人生で学ぶテーマに応じて、その学びを共にする仲間たちと出会う約束を交わしてくるのではないか。
私は、そのように感じるようになりました。
ここでいう「ソウルメイト」とは、運命の恋人だけを意味する言葉ではありません。
家族も。
夫婦も。
親友も。
恩師も。
生徒も。
仕事仲間も。
人生を大きく変える出会いをもたらす人も。
すべてが、魂の成長を助け合うソウルメイトです。
私自身、このような考えに至ったのは、本を読んだからではありません。
四十回を超える渡印を重ね、一人のヨガ実践者として瞑想を続ける中で、私自身がいくつかの過去生を思い出す体験をしました。
また、生徒さんのヒーリングを行っている最中に、現在とは異なる時代や人間関係の情景が心に浮かぶことも、何度となく経験しました。
もちろん、それが歴史的な事実であると証明することはできません。
だから私は、「信じてください」と申し上げるつもりはありません。
しかし、それらの体験は、人生で起きている出来事とあまりにも深く結び付いており、私の中で一つの理解へとつながっていきました。
ある仲の良い親子をヒーリングしていた時のことです。
私の心には、現在とはまったく異なる時代の情景が浮かびました。
そこでは二人は親子ではなく、深く愛し合いながらも、悲しい死別を経験した恋人同士でした。
その映像が事実かどうかは分かりません。
けれど、その時私が強く感じたのは、「今世では親子という形で再会し、前世で果たせなかった愛を育み直そうとしている」という魂の約束でした。
また、長い間、不妊に悩み、ご自身を責め続けていた女性とも出会いました。
その方を前にした時、私が感じたのは、「母親になること」が今世の課題ではないということでした。
彼女は過去の人生では何度も母として生き、多くの子どもたちを育てる親としての学びを充分に終え、今世では一人の女性として、社会の中で別の役割を果たすことを望んで生まれてきたように感じられたのです。
このような体験を重ねる中で、私は少しずつ思うようになりました。
魂の契約には、一つの形しかないわけではありません。
深く愛し合うことを学ぶ契約もあります。
許すことを学ぶ契約もあります。
別れを経験し、執着を手放すことを学ぶ契約もあります。
人生を根底から揺さぶる試練を通して、お互いを目覚めさせる契約もあります。
そして、共通の使命を果たすために出会い、新しい文化や学校、作品、活動を共に創り上げる契約もあるように感じています。
私は、そのどれが優れているとも思いません。
どの契約にも、その魂にしか学べないテーマがあるからです。
だから人生を振り返る時、私は「あの人は私に何をしてくれたのか」という見方ではなく、
「あの人との出会いを通して、私は何を学ぼうとしていたのだろう。」
そんな問いを持つようになりました。
すると、苦しかった出来事の意味も少しずつ変わり始めます。
憎しみが、感謝へ変わることがあります。
悲しみが、慈しみへ変わることがあります。
もちろん、それは簡単なことではありません。
長い時間が必要なこともあります。
それでも、その問いを持ち続けることが、魂を成熟へと導いてくれるのだと、私は感じています。
ただ、ここで忘れてはならないことがあります。
たとえ魂の契約があるとしても、それは「人生は決まっている」という意味ではありません。
むしろ、本当に大切なのは、その契約を、この人生でどのように生きるかです。
そこには、私たち一人ひとりの自由意志があります。
では、魂の契約があるのなら、運命は変えられないのでしょうか。
カルマと自由意志は、どのような関係にあるのでしょうか。
次回は、このシリーズの中でも最も重要なテーマの一つ、「自由意志とカルマ」について、一緒に考えていきたいと思います。
RISHIKESH YOGASHALA
Yoga Wisdom
サティヤプレーマ
