ここまで、このシリーズでは「魂の原型」について探究してきました。
人には、それぞれ異なる個性があります。
異なる役割があります。
そして、人生を通して学び続けるテーマも、一人ひとり違います。
癒すことを学ぶ人。
教えることを学ぶ人。
守ることを学ぶ人。
変革を担う人。
橋を架ける人。
それぞれが、自分だけの人生を歩みながら、少しずつ魂を成熟させていく。
私は、そのように感じています。
では、その違いは、どこから生まれるのでしょうか。
人生は本当に偶然の積み重ねなのでしょうか。
それとも、もっと大きな流れの中で、一人ひとり異なる学びを携えて生まれてくるのでしょうか。
この問いは、ヨガと出会って初めて考え始めたものではありません。
物心がついた頃から、私は人生で起こる出来事や、人との出会いには必ず意味があるように感じていました。
嬉しいことにも。
悲しいことにも。
成功にも。
失敗にも。
すべてが、自分を成長させるために与えられているような感覚が、幼い頃から心のどこかにありました。
だから私は、何十年もの間、日記を書き続けてきました。
その日に起きた出来事を振り返り、「なぜ、この出来事が起きたのだろう。」と問い続けてきたのです。
その後、ヨガと出会い、インドで学び、瞑想を実践するようになりました。
すると、幼い頃から漠然と感じていたことが、ヨガ哲学という智慧によって、少しずつ輪郭を持ち始めました。
古代インドでは、人生は一度きりではなく、魂は長い旅を続ける存在として語られています。
『バガヴァッド・ギーター』では、人は古い衣を脱ぎ、新しい衣をまとうように、新たな身体を得ると説かれています。また、『ヨーガ・スートラ』では、サムスカーラ(潜在印象)が人生に影響を与えることが語られています。
こうした教えに触れる中で、私は一つの考え方に自然と導かれていきました。
それが、「魂の契約」という考え方です。
もちろん、これはヨガ哲学の専門用語ではありません。
私自身が長年の探究を通して、最も近い表現として用いるようになった言葉です。
もし魂が、この人生で学びたいテーマをある程度選んで生まれてくるのだとしたら。
もし、その学びに必要な人々との出会いも、偶然ではないのだとしたら。
人生の見え方は、大きく変わります。
苦しみは罰ではなく、学びになります。
別れは終わりではなく、新しい始まりになります。
そして、出会いは偶然ではなく、魂が成長するための大切な機会として受け止められるようになります。
もちろん、これは証明できるものではありません。
私も、「これが唯一の真実です」と申し上げるつもりはありません。
けれど、一人のヨガ実践者として人生を歩み、長年探究を続けてきた私にとって、この考え方は、多くの出来事を一本の糸で結び直してくれる大切な視点となりました。
ただ、ここで一つだけ、お伝えしておきたいことがあります。
私は、過去生や魂の契約に興味を持つこと自体を否定しているわけではありません。
しかし、それを知ることが目的になってしまうと、本来のヨガから少し離れてしまうように感じています。
ヨガが教えているのは、いつも「今、この瞬間を生きること」です。
たとえ魂が長い旅を続けているとしても、私たちが実際に生きることができるのは、今という一瞬だけです。
だから、魂の契約という考え方も、過去を探すためではなく、「今をどう生きるか」を見つめ直すための智慧として受け取っていただけたら嬉しく思います。
では、その契約とは、どのようなものなのでしょうか。
本当に魂同士は、何か約束を交わして生まれてくるのでしょうか。
次回からは、私自身がこれまでの人生や瞑想、そしてヒーリングを通して感じてきたことを交えながら、「魂の契約」について、さらに一歩ずつ探究を深めていきたいと思います。
RISHIKESH YOGASHALA
Yoga Wisdom
サティヤプレーマ
