魂の原型と契約⑯ 魂は人生を選んで生まれてくるのだろうか ― 私が「魂の契約」を信じるようになった理由 ―


ここまで、このシリーズでは「魂の原型」について探究してきました。

 

人にはそれぞれ異なる学びがあり、異なる役割があります。

 

癒し手として歩む人。

教師として智慧を伝える人。

探究者として真理を求める人。

奉仕者として誰かを支える人。

守護者として大切なものを守る人。

創造者として新しい世界を生み出す人。

変革者として時代を動かす人。

橋渡し役として異なる世界を結ぶ人。

 

では、その違いはどこから生まれるのでしょうか。

人生とは、本当に偶然の積み重ねなのでしょうか。

それとも、もっと長い魂の旅の中で育まれてきたものなのでしょうか。

 

この問いに、私は「これが正解です」と答えることはできません。

証明することもできません。

誰かを説得したいとも思っていません。

 

けれど、一人のヨガ実践者として人生を歩み、長年瞑想を続けてきた私には、少しずつ揺るぎない確信へと変わっていったものがあります。

 

そのきっかけは、本ではありませんでした。

 

四十回を超えるインドでの学びと、瞑想の実践でした。

深い瞑想状態の中で、私はいくつかの過去生と思われる体験をしました。

それは夢とも想像とも少し違う、とても静かで、しかし強い現実感を伴うものでした。

 

また、ヒーリングを行う中で、不思議なことが何度もありました。

相手に触れていると、まるで映画の一場面のように、現在とは異なる時代や風景、人間関係が心に映し出されることがあったのです。

もちろん、それを科学的に証明することはできません。

歴史的事実として語ることもできません。

 

だから私は、「信じてください」と言うつもりはありません。

 

しかし、それらの体験はあまりにも一貫しており、人生で起きている出来事と深く結び付いているように感じられました。

 

ある親子が講座へ参加された時のことです。

ヒーリングの最中、私の中には、現在とはまったく異なる時代の映像が浮かびました。

 

そこでは二人は親子ではなく、深く愛し合いながらも、悲しい別れを経験した恋人同士でした。

その映像が真実だったのかどうかを証明することはできません。

 

けれど私が受け取ったのは、「今世では親子という形で再会し、前世で果たせなかった愛情を、別の形で育み直そうとしているのではないか」という感覚でした。

 

また、長い間、不妊に悩み、自分を責め続けていた女性がいらっしゃいました。

その方と向き合う中で、私が強く感じたのは、「母親になること」が今世の課題ではないということでした。

 

むしろ過去の人生では何度も母として生き、多くの子どもたちを育てる経験を積み重ね、今世ではその役割を終え、一人の女性として社会の中で新しい使命を生きることを魂が選んできたように感じられたのです。

 

また、ある魂同士は、大きな試練を共に経験することを選びます。

ある魂同士は、激しい別れや喪失を通して「手放すこと」を学びます。

ある魂同士は、共通の使命を果たすために出会い、一緒に新しい学校や文化、仕事や作品を創り上げていきます。

 

人生を振り返るほどに、私は「偶然」という言葉だけでは説明できない流れを感じるようになりました。

そして少しずつ、一つの理解へ導かれていったのです。

 

魂は、この人生で学びたいテーマをある程度選び、その学びに必要な人々と出会う約束を交わして、この世界へやって来るのではないか。

 

私は、そのように感じるようになりました。

だから私は、この考え方を「魂の契約」と呼んでいます。

 

もちろん、これはヨガ哲学の専門用語ではありません。

私自身が長年の探究を通してたどり着いた、一つの表現です。

 

ただ、ここで一つ、とても大切にしていることがあります。

私は、過去生を知ることそのものを目的にはしていません。

 

「前世では誰だったのか。」

「どんな人生を歩んでいたのか。」

 

それを知ることに執着してしまえば、私たちの意識は「今、この瞬間」から離れてしまいます。

ヨガが教えているのは、常に「今を生きること」です。

 

私自身も、過去生を見たいと思って瞑想を始めたわけではありません。

 

ただ、自分とは何者なのか。

人生で起きる出来事にはどのような意味があるのか。

 

それを知りたくて、自分自身と静かに向き合い続けてきました。

その結果として、さまざまな体験が自然に訪れたのです。

 

だから私は、誰かに「過去生を見るために瞑想をしましょう」と勧めたことは一度もありません。

むしろ、その逆です。

 

たとえ過去生というものが存在したとしても、それは今をより深く理解するための一つの視点に過ぎません。

本当に大切なのは、今という人生を、どのような意識で生きるかなのです。

 

もし魂の契約というものがあるのだとしたら、それは「運命だから諦めなさい」という教えではありません。

 

「この人生を通して、何を学び、何を愛し、どのように魂を成熟させていくのか。」

 

その問いを、今ここで生きるための智慧なのだと、私は思っています。

 

そして、もし魂が誰と出会うかをある程度選んで生まれてくるのだとしたら、家族や夫婦、親友、師弟、そして人生を大きく変えるソウルメイトとの出会いには、どのような意味があるのでしょうか。

 

次回は、「ソウルメイト」というテーマを通して、魂同士の出会いについて、さらに探究を深めていきたいと思います。

 

 

RISHIKESH YOGASHALA
Yoga Wisdom

 

サティヤプレーマ