前回の記事では、
コロナによって世界が立ち止まり、
私自身も強制的に静寂の時間を与えられたことについてお話ししました。
そして数年後。
世界は少しずつ動き始めます。
飛行機が飛び始めました。
国境が開き始めました。
私も再びインドへ向かうことになります。
久しぶりのリシケシ。
久しぶりのガンジス川。
久しぶりのインドの空気。
そして、
久しぶりの夫の再会でした。
あれほど様々な出来事があったにも関わらず、
私たちはまるで何事もなかったかのようにまた時間を共に過ごし始めました。
もちろん以前とまったく同じではありません。
長い時間が流れていました。
それぞれに経験を重ねていました。
けれど、
長い年月を共に歩いてきたからこその安心感もありました。
私は思いました。
もしかしたら、
今度こそうまくいくのかもしれない。
もしかしたら、
長い時間がお互いを成長させてくれたのかもしれない。
そんな希望を持っていました。
そして私たちは、
再び共にコース運営を始めます。
実際、
良い時間も沢山ありました。
生徒さんたちの笑顔。
共にヨガを伝える時間。
インドと日本を繋ぐ活動。
二人で、共にいることの阿吽の呼吸での授業。
それは長い別離の時間を経ても変わっていませんでした。
だから私は信じたかったのです。
過去に起きたことよりも、
人の可能性を。
成長する力を。
変化する力を。
今振り返れば、
私は希望を見ていました。
そして、
それは決して間違いではなかったと思います。
人生に希望を持つことは、
決して愚かなことではありません。
信じることも、
愛することも、
悪いことではありません。
けれど人生は、
時に私たちに問いかけます。
本当に変わったのだろうか。
本当に学びは終わったのだろうか。
そして、
過去に向き合わないままでは、
同じテーマが再び姿を現すことがあります。
少しずつ、
静かに。
そして確実に。
私たちの人生にも、
再びその兆しが現れ始めていました。
けれど私は
すぐには、気づきたくなかったのかもしれません。
認めたくなかったのかもしれません。
次回は、
再び姿を現し始めたアルコールの問題と、
人生で繰り返されるテーマについてお話ししたいと思います。
RISHIKESH YOGASHALA
Yoga Wisdom
サティヤプレーマ
