魂の原型と契約シリーズ⑧ 小さな寺院で交わした誓い


前回の記事では、誰一人賛成してくれなかった結婚についてお話ししました。

 

それでも私の決意は変わりませんでした。

 

そして2013年4月5日。

 

私は再びインドを訪れます。

 

結婚するためです。

けれど、それは多くの人が思い描くような結婚式ではありませんでした。

 

日本では家族も友人も生徒さんたちも反対していました。

インドでも状況は同じでした。

 

当時のインド社会において、私たちの結婚は決して歓迎されるものではありませんでした。

 

外国人であること。

シングルマザーであること。

二十歳近い年齢差があること。

 

そのすべてが、多くの人にとって理解し難いものだったのです。

 

彼の家族にとっても簡単なことではありませんでした。

だから私たちの結婚式は、大勢に祝福されるようなものではありませんでした。

 

彼の実家の近くにある小さな寺院。

そこで静かに執り行いました。

 

豪華な装飾もありません。

盛大な披露宴もありません。

 

そこにあったのは、祈りと誓いだけでした。

 

けれど私にとっては、それで十分でした。

むしろ、それが良かったのかもしれません。

 

私は昔から形式よりも本質を大切にしてきました。

 

どれだけ盛大な式を挙げるかではありません。

どれだけ多くの人に祝福されるかでもありません。

 

大切なのは、自分自身が何を誓うのか。

どのような覚悟で人生を歩むのか。

 

そのことでした。

 

寺院で祈りを捧げながら、私はとても静かな気持ちでいました。

 

不安がなかったわけではありません。

むしろ、この先に平坦な道が待っていないことは分かっていました。

 

文化も違う。

言葉も違う。

育った環境も違う。

国も違う。

 

そして周囲の反対もある。

 

現実的に考えれば、困難はいくらでも予想できました。

けれど私は後悔していませんでした。

 

自分で選んだ道だったからです。

 

人生には、自分の意思ではどうにもならない出来事もあります。

 

けれど、自分で選んだ人生には責任を持ちたい。

私は昔からそう考えていました。

 

だからその日も、ただ静かに覚悟を確認していました。

 

寺院で祈りを捧げている時、ふと父のことを思い出しました。

 

もし父がこの場にいたら、何と言っただろう。

 

おそらく最初は反対したと思います。

 

心配もしたと思います。

 

けれど最終的には、私の選択を尊重してくれたでしょう。

 

たとえその先にどのような困難が待っていたとしても。

どれほど険しい道だったとしても。

 

父はきっと、静かに見守ってくれたと思うのです。

 

そしてそれは父だけではありません。

母も同じでした。

 

私の両親は、幼い頃からいつもそうでした。

 

無鉄砲に見える挑戦をした時も。

周囲が反対するような選択をした時も。

 

最初は心配し、反対することもあります。

けれど最後には、私自身の意思を尊重してくれました。

 

だからといって、過度に助けるわけでもありません。

 

自分で選んだ道は、自分で歩く。

自分で決めたことには、自分で責任を持つ。

 

そのことを、両親は言葉だけではなく、生き方を通して教えてくれました。

 

今振り返ると、その学びは私の人生の大きな土台になっているように思います。

だからあの日も、私は誰かに人生を決めてもらおうとは思いませんでした。

 

自分で選び、

自分で責任を引き受ける。

 

ただそれだけでした。

 

今振り返ると、あの日は結婚式というよりも、新しい人生への門をくぐる儀式だったように思います。

そしてその門の先には、私が想像していた以上の学びが待っていました。

 

当時の私はまだ知りませんでした。

この結婚生活が、最初の結婚を上回るほどの大きな試練と成長をもたらすことを。

 

けれど不思議なことに、恐れはありませんでした。

 

人生は私たちを成長へ導く。

何を選んでも。

どの道を歩んでも。

 

その先にあるのは学びであり、成長である。

 

私はそう信じていました。

そして、その信念だけを胸に、小さな寺院で新しい人生の扉を開いたのです。

 

次回は、日本とインド、二つの国を行き来しながら始まった結婚生活と、その中で直面した現実についてお話ししたいと思います。

 

 

RISHIKESH YOGASHALA

Yoga Wisdom

サティヤプレーマ