前回の記事では、誰一人賛成してくれなかった結婚についてお話ししました。
それでも私の決意は変わりませんでした。
そして2013年4月5日。
私は再びインドを訪れます。
結婚するためです。
けれど、それは多くの人が思い描くような結婚式ではありませんでした。
日本では家族も友人も生徒さんたちも反対していました。
インドでも状況は同じでした。
当時のインド社会において、私たちの結婚は決して歓迎されるものではありませんでした。
外国人であること。
シングルマザーであること。
二十歳近い年齢差があること。
そのすべてが、多くの人にとって理解し難いものだったのです。
彼の家族にとっても簡単なことではありませんでした。
だから私たちの結婚式は、大勢に祝福されるようなものではありませんでした。
彼の実家の近くにある小さな寺院。
そこで静かに執り行いました。
豪華な装飾もありません。
盛大な披露宴もありません。
そこにあったのは、祈りと誓いだけでした。
けれど私にとっては、それで十分でした。
むしろ、それが良かったのかもしれません。
私は昔から形式よりも本質を大切にしてきました。
どれだけ盛大な式を挙げるかではありません。
どれだけ多くの人に祝福されるかでもありません。
大切なのは、自分自身が何を誓うのか。
どのような覚悟で人生を歩むのか。
そのことでした。
寺院で祈りを捧げながら、私はとても静かな気持ちでいました。
不安がなかったわけではありません。
むしろ、この先に平坦な道が待っていないことは分かっていました。
文化も違う。
言葉も違う。
育った環境も違う。
国も違う。
そして周囲の反対もある。
現実的に考えれば、困難はいくらでも予想できました。
けれど私は後悔していませんでした。
自分で選んだ道だったからです。
人生には、自分の意思ではどうにもならない出来事もあります。
けれど、自分で選んだ人生には責任を持ちたい。
私は昔からそう考えていました。
だからその日も、ただ静かに覚悟を確認していました。
寺院で祈りを捧げている時、ふと父のことを思い出しました。
もし父がこの場にいたら、何と言っただろう。
おそらく最初は反対したと思います。
心配もしたと思います。
けれど最終的には、私の選択を尊重してくれたでしょう。
たとえその先にどのような困難が待っていたとしても。
どれほど険しい道だったとしても。
父はきっと、静かに見守ってくれたと思うのです。
そしてそれは父だけではありません。
母も同じでした。
私の両親は、幼い頃からいつもそうでした。
無鉄砲に見える挑戦をした時も。
周囲が反対するような選択をした時も。
最初は心配し、反対することもあります。
けれど最後には、私自身の意思を尊重してくれました。
だからといって、過度に助けるわけでもありません。
自分で選んだ道は、自分で歩く。
自分で決めたことには、自分で責任を持つ。
そのことを、両親は言葉だけではなく、生き方を通して教えてくれました。
今振り返ると、その学びは私の人生の大きな土台になっているように思います。
だからあの日も、私は誰かに人生を決めてもらおうとは思いませんでした。
自分で選び、
自分で責任を引き受ける。
ただそれだけでした。
今振り返ると、あの日は結婚式というよりも、新しい人生への門をくぐる儀式だったように思います。
そしてその門の先には、私が想像していた以上の学びが待っていました。
当時の私はまだ知りませんでした。
この結婚生活が、最初の結婚を上回るほどの大きな試練と成長をもたらすことを。
けれど不思議なことに、恐れはありませんでした。
人生は私たちを成長へ導く。
何を選んでも。
どの道を歩んでも。
その先にあるのは学びであり、成長である。
私はそう信じていました。
そして、その信念だけを胸に、小さな寺院で新しい人生の扉を開いたのです。
次回は、日本とインド、二つの国を行き来しながら始まった結婚生活と、その中で直面した現実についてお話ししたいと思います。
RISHIKESH YOGASHALA
Yoga Wisdom
サティヤプレーマ
