前回の記事では、インドで出会った彼からのプロポーズと、それを夢やビジョンを通して先に知っていたことについてお話ししました。
そして私は、その場で返事をしました。
迷いはありませんでした。
けれど、それは周囲の人たちにとっては到底理解できる話ではありませんでした。
日本へ帰国後、私は家族や友人たちに結婚の意思を伝えました。
反応は予想していた通りでした。
母も。
兄も。
妹も。
友人たちも。
生徒さんたちも。
誰一人賛成しませんでした。
当然だったと思います。
二十歳近い年齢差。
国際結婚。
インド人の男性。
日本には未成年の子どもたちもいます。
将来どうなるのか分からない。
現実的に考えれば、不安要素はいくらでもありました。
心配してくれる人もいました。
必死に説得しようとする人もいました。
忠告してくれる人もいました。
中には怒る人もいました。
呆れる人もいました。
そして私の元から離れていった人もいました。
けれど私は驚きませんでした。
むしろ、
「やはりそうだろうな」
と思っていました。
なぜなら、反対されることは最初から分かっていたからです。
私自身も、その選択が簡単なものではないことを十分理解していました。
だから反対する人たちを責める気持ちもありませんでした。
もし立場が逆だったら、私も同じことを言ったかもしれません。
ただ、それでも私の答えは変わりませんでした。
不思議なくらい迷いはありませんでした。
私は結婚生活に夢を見ていたわけではありません。
幸せな未来を思い描いていたわけでもありません。
恋愛感情に突き動かされていたわけでもありません。
むしろ、この道が平坦ではないことは最初から分かっていました。
おそらく多くの困難が待っているだろう。
そんな予感さえありました。
それでも進もうと思いました。
なぜなら、彼と過ごした時間の中で感じていたものは、恋愛とは少し違っていたからです。
私は彼の中に、大きな可能性を見ていました。
これほどの智慧を持ち、
これほどの純粋さを持ち、
これほど深く人を理解できる人が、
世の中に埋もれてしまうのはあまりにも惜しい。
そんな気持ちがありました。
それは恋人というよりも、
どこか母親に近い感覚だったのかもしれません。
この人が持つ素晴らしいものを、もっと多くの人に届けられたら。
そんな願いがありました。
そして同時に、私は確信していました。
この経験は、私自身にとっても大きな学びになる。
どのような結果になったとしても。
どのような未来が待っていたとしても。
そこには必ず学びと成長がある。
私は昔から、人生をそのように見てきました。
人生に無駄な経験はない。
失敗もない。
何を選んでも学びがある。
何を選んでも成長がある。
だから私は恐れませんでした。
もちろん後になって振り返れば、その結婚は想像以上の試練の連続でした。
最初の結婚生活を上回るほどの出来事が、次々と待っていました。
当時の私はまだ知りませんでした。
その先にどれほど大きな学びが待っているのかを。
けれど一つだけは間違いありませんでした。
あの時の私は、自分の人生から逃げなかったのです。
次回は、誰にも祝福されることのなかったインドでの結婚式と、新しい人生への第一歩についてお話ししたいと思います。
RISHIKESH YOGASHALA
Yoga Wisdom
サティヤプレーマ
