魂の原型と契約シリーズ⑩ 私は怒っていた


前回の記事では、二年以上に及ぶ遠距離結婚と数々の手続きを経て、ようやく夫が日本へ来ることができたことについてお話ししました。

 

私は心から安堵していました。

 

これでようやく夫婦として一緒に暮らせる。

遠距離生活も終わる。

ここから新しい人生が始まる。

 

そう思っていました。

 

けれど平和な日々は長く続きませんでした。

 

実は私は結婚前から彼に伝えていたことがあります。

最初の結婚が、夫のアルコール依存によるDVによって壊れたことです。

そして、その経験が私の中に深い傷として残っていること。

 

だから私は、お酒に対して強い嫌悪感を持っていることも正直に話していました。

 

彼もそのことを理解していると思っていました。

 

ところが日本での生活が始まって間もなく、私は再び飲酒の問題と向き合うことになります。

 

最初は小さな違和感でした。

けれど次第に彼の飲酒は増えていきました。

 

感情の起伏も激しくなりました。

家の中で物が壊れるようになりました。

壁に穴が空くこともありました。

 

怒りが爆発することもありました。

 

そして、その時の私は冷静ではいられませんでした。

 

ただ一つ言えることがあります。

 

普段ほとんど怒りの感情を感じたことのなかった私が、自分でもどうしようもないほどの怒りを感じていたのです。

 

それは自分でも驚くほどでした。

私は子どもたちに対しても、そこまで怒ったことはありません。

 

父や母に対しても。

兄や妹に対しても。

世の中の理不尽な人に対しても。

 

人生を振り返っても、あれほど激しい怒りを感じた記憶はほとんどありません。

 

けれど彼の飲酒だけは違いました。

私の中の何かを強く刺激したのです。

 

怒り。

失望。

悲しみ。

裏切られたような感覚。

 

なぜ私はこれほどまでに反応するのだろう。

 

その時の私は、まだ分かっていませんでした。

 

それが単なる目の前の出来事ではなく、自分自身の古い傷と深く結びついていることを。

 

そんな私に彼は言いました。

 

「怒りこそ、心の中に残っている古い傷と向き合い、浄化する絶好の機会なんだ。」

 

「だから僕こそが、その役割を果たす君にとって重要な人物なんだよ。」

 

当時の私には、まったく理解できませんでした。

 

むしろ、

 

「何を言っているの?」

 

という気持ちでした。

 

そして極めつけは、その直後です。

カーリー女神も真っ青になるほど怒り狂っている私の目の前で、彼は決まって平然とマントラを唱え始めるのです。

 

Ya Devi Sarva Bhuteshu Shakti Rupena Samsthita...

「すべての存在の中にシャクティとして宿る女神に礼拝します」

 

今なら少し笑える話です。

 

けれど当時の私は笑う余裕などありませんでした。

 

むしろ、

 

「火に油を注ぐとはこのことだ」

 

と思いました。

 

私はさらに怒りました。

 

ところが今振り返ると、不思議な光景だったと思います。

 

私は怒りの化身のようになっている。

その目の前で、彼は女神へのマントラを朗々と唱えている。

 

まるで人生そのものが、一つの象徴的な舞台を演じているかのようでした。

 

そして私はまだ知りませんでした。

 

この怒りの奥に、自分自身が長い年月をかけて向き合うことになるテーマが眠っていることを。

 

夫婦間の問題は、いつもお酒と共にありました。

 

けれど私は彼を恨んではいませんでした。

嫌いにもなれませんでした。

 

むしろ考えていました。

 

人生はなぜ再び同じテーマを私の前に差し出したのだろう。

これは何を学ぶための出来事なのだろう。

 

私にとって最も嫌悪するもの。

最も受け入れ難いもの。

 

それを前にした時、私はなお愛でいられるのだろうか。

私はなお許すことができるのだろうか。

私はなお成長を選べるのだろうか。

 

今振り返ると、それは魂からの問いだったように思います。

けれど当時の私は、まだその答えを知りませんでした。

 

次回は、私が「許し」と「無条件の愛」というテーマに真正面から向き合うことになった日々についてお話ししたいと思います。

 

 

RISHIKESH YOGASHALA

Yoga Wisdom

サティヤプレーマ