2012年11月。
私は初めてインドの地を訪れました。
ヨガの源流を学ぶためです。
生徒さんたちに対して、もっと誠実でありたい。
その一心でインドへ向かいました。
けれど、旅の始まりは決して順調なものではありませんでした。
実はリシケシへ到着する前、デリーで大変な出来事を経験していたのです。
私は現地の人に騙され、半日近く自由を奪われる状況に置かれました。
多くの男性たちに囲まれ、命の危険さえ感じました。
今振り返っても、無事に生還できたことが奇跡だったと思います。
初めてのインドで経験したその出来事は、私の心に大きな恐怖を残しました。
日本には未成年の子どもたちがいます。
絶対に無事に帰らなければならない。
その思いだけで必死でした。
だからリシケシへ到着した時の私は、誰とも目を合わせないようにしていました。
警戒心の塊でした。
もちろん恋愛など考える余裕もありません。
そもそも私は再婚するつもりなどありませんでした。
最初の結婚で経験したことは、私にとってあまりにも大きかったからです。
夫の酒乱。
DV。
家庭の崩壊。
その経験から、私はもう結婚生活はこりごりだと思っていました。
だからこそ、その出会いは不思議でした。
初めて顔を合わせた瞬間。
なぜか互いに目が離せなくなったのです。
恋愛感情ではありません。
好意とも違います。
ただ、
「この人は何者だろう。」
そんな感覚でした。
気がつけば何時間も話していました。
今世の人生について。
人が生きる意味について。
ヨガについて。
人間について。
愛について。
死について。
話題は尽きませんでした。
そして私は驚きました。
それまで誰にも理解してもらえなかったことを、その人は自然に理解していたのです。
価値観が似ているという言葉では足りません。
感受性が似ているという言葉でも足りません。
まるで自分自身と話しているような感覚でした。
私の脳裏に浮かんだことが、言葉になる前に伝わる。
相手が話そうとしていることが、言葉になる前に分かる。
そんなことが何度も起きました。
私は幼い頃から、人の感情や心の動きに敏感でした。
けれど、その感覚は成長するにつれて封印していきました。
学校で生きるため。
社会で生きるため。
職場で生きるため。
その方が楽だったからです。
けれど目の前にいるその人は、その感覚を何の違和感もなく使っていました。
そして私自身も、いつの間にか自然体に戻っていたのです。
さらに驚いたのは、その人が私の知りたかった問いを的確に言語化できたことでした。
しかもサンスクリット語を用いながら。
聖典の知識としてではありません。
知識を超えた理解として。
私が幼い頃から感じ続けていたこと。
人生を通して考え続けてきたこと。
ヨガを学ぶ中で腑に落ちてきたこと。
それらを、ごく自然に言葉にするのです。
私は人生で初めて、
「こんな人がいるのか」
と思いました。
後になって考えれば不思議なことがあります。
もし当初の予定通り8月にインドへ来ていたら。
彼は別の州にいて、リシケシにはいなかったそうです。
つまり、私たちは出会っていませんでした。
けれど当時の私は、そんなことを考えてもいませんでした。
ただ一つだけ確かなことがありました。
私は人生で初めて、自分が見ている世界を多くの言葉を使わなくてもただ共有できる人に出会ったのです。
その人は後に私の夫になります。
けれど、この時の私はそんな未来を一度も想像していませんでした。
次回は、その出会いがどのように人生を変えていったのかについてお話ししたいと思います。
RISHIKESH YOGASHALA
Yoga Wisdom
サティヤプレーマ
