前回の記事では、うつ病からの回復、ヨガとの出会い、そして独立開業へと続く人生の転機についてお話ししました。
2012年5月。
私は八王子にヨガスタジオを開設しました。
当時としては珍しかった90分クラス。
定員6名までの少人数制。
一日3本のレッスンを基本にスタートしました。
私が作りたかったのは、単なるヨガスタジオではありませんでした。
忙しい日常から少し離れ、自分自身を取り戻せる場所。
心と身体が深く安らぐ場所。
そんな空間を作りたいと思っていました。
スタジオの内装にも強いこだわりがありました。
私の中には最初から明確なイメージがありました。
バリのリゾートホテルのような空間です。
物件探しも。
インテリアも。
小物も。
不思議なことに、心に描いていたものは、まるで導かれるように一つひとつ見つかっていきました。
趣味の一つでもあったインテリアデザインやDIYを活かしながら、一か月ほどで理想の空間を作り上げました。
生徒さんにお出しするお茶にもこだわりました。
ティーカップやお皿も、一つひとつ自分で選びました。
中には一客一万五千円を超えるものもありました。
贅沢をしたかったわけではありません。
レッスンに来てくださる方々に、日常から少し離れた特別な時間を味わっていただきたかったのです。
心がホッとする時間。
肩の力が抜ける時間。
自分自身を大切にできる時間。
そんなひとときを届けたいと思っていました。
私の選択の根底にはいつも同じ願いがあります。
どうしたら喜んでいただけるだろう。
どうしたら癒されていただけるだろう。
どうしたら笑顔になっていただけるだろう。
どうしたら健康になっていただけるだろう。
どうしたら生きがいを持って人生を歩いていただけるだろう。
私はいつも、そのことを考えていました。
スタジオづくりも。
レッスンも。
ティータイムも。
そのすべてが、私なりの愛の表現でした。
そして、その空間の中で、生徒さんとの深い対話が生まれていったのです。
レッスン前後には、それぞれ30分のティータイムを設けていました。
最初は何気ない会話でした。
けれど次第に、生徒さんたちは人生の悩みを打ち明けてくださるようになりました。
余命宣告を受けている方。
夫婦関係に悩んでいる方。
幼少期の虐待の傷を抱えている方。
仕事や人間関係に苦しんでいる方。
介護や子育てに悩んでいる方。
さまざまな人生がそこにありました。
中でも忘れられないのは、余命宣告を受けながら幼いお子さんを育てていた女性です。
レッスンだけではなく、メールでのやり取りも続いていました。
その方は古くからインド哲学に関心を持っておられました。
そして死生観や人生観について、多くのお話を聞かせてくださいました。
命とは何か。
死とは何か。
人はなぜ生きるのか。
当時の私は、その問いに戸惑ったわけではありません。
むしろ私は幼い頃から、その問いと共に生きてきました。
いじめの経験。
孤独。
長年書き続けた日記。
うつ病からの回復。
さまざまな人生経験を通して、
「どう生きるのか」
「何のために生きるのか」
「自分はどのような人間で在りたいのか」
ということについては、自分なりの答えを持っていました。
迷っていたわけではありません。
答えを探していたわけでもありません。
けれど、生徒さんたちと向き合う中で、別の問いが生まれていました。
私の経験だけで語ってよいのだろうか。
私の価値観だけで伝えてよいのだろうか。
ヨガを伝える立場として、その源流を学ぶ責任があるのではないだろうか。
私は本当にヨガを伝えているのだろうか。
その問いは、目の前の人にただ誠実で在りたいという願いから生まれたものでした。
振り返ると不思議なことがあります。
私がまだエアロビクスインストラクターとして駆け出しの頃。
尊敬する恩師が突然こう言いました。
「真理ちゃん、あなたはマット(ヨガやピラティス)に行きなさい。必ず成功するわよ。」
当時の私はエアロビクスインストラクターとして人を健康に導き、役に立ちたい、それをいつか生業にしたいと思っていました。
ですから、その言葉は正直とてもショックでした。
けれど結果として、私は恩師が始めたヨガとピラティスの養成講座一期生となります。
さらに後年、ある親しい目上の生徒さんからは、
「そのうち学校を作っているんじゃないの?」
と言われました。
会社を退職する頃には、
「そのうちインドにでも行っているんじゃないの?」
と職場の方に言われました。
そのたびに私は笑って否定していました。
当時そんな未来は想像もしていなかったからです。
けれど人生には、自分より先に未来を見ている人がいるのかもしれません。
そしてある日、私は自然と思ったのです。
ヨガの源流を学びに行こう。
ヨガの根源を、この身で体験してみよう。
インドに憧れていたわけではありません。
人生の答えを探しに行きたかったわけでもありません。
ただ、目の前の生徒さんたちに対して誠実でありたかった。
ヨガの本質を伝えるために、もっと深く学びたかった。
それだけでした。
そして2012年11月。
私は初めてインドの地を踏みます。
その旅が、その後の人生を大きく変えることになるとは、まだ知る由もありませんでした。
次回は、初めて訪れたインドでの不思議な出会いについてお話ししたいと思います。
RISHIKESH YOGASHALA
Yoga Wisdom
サティヤプレーマ
