魂の原型と契約シリーズ③ 導かれるように開いた新しい扉


前回の記事では、幼い頃から抱き続けてきた人生への問いと、その答えを求めて歩いた長い探究の旅についてお話ししました。

 

そして人生は、私に大きな転機を与えました。

 

三十代半ば。

長年の過労やさまざまな出来事が重なり、私はうつ病になりました。

 

心も身体も限界を迎えていました。

 

それまで当たり前にできていたことができなくなる。

未来が見えなくなる。

自分自身を見失ってしまう。

 

当時の私は、ただ一日を終えることだけで精一杯でした。

 

そんな私を見かねて、長年フィットネスを続けていた母が声をかけてくれました。

 

「気分転換になるかもしれないから、一緒に行ってみない?」

 

母が連れて行ってくれたのはスポーツクラブでした。

そこで私が最初に夢中になったのがエアロビクスです。

 

音楽に合わせて身体を動かす。

汗をかく。

呼吸が弾む。

全身を使って動く。

 

その時の私は、久しぶりに「生きている」という感覚を味わいました。

幼い頃から身体が弱く、どちらかといえば虚弱体質だった私にとって、それはまるで新しい世界との出会いでした。

 

もっと元気になりたい。

もっと健康になりたい。

 

そう思うようになり、食生活も積極的に見直し始めました。

身体が変わり始めると、心も少しずつ変わっていきました。

 

そして私は社長秘書として職場復帰を果たし、その一年後にはエアロビクスインストラクターを目指して学び始めました。

 

身体を動かすことの素晴らしさを、多くの人に伝えたい。

 

そんな思いが芽生えていたのです。

 

けれど人生は、いつも一直線に進むわけではありません。

 

仕事。

家庭。

学び。

レッスン。

 

気づけば私は再び無理を重ねていました。

 

そして、うつ病を再発してしまいます。

 

そんな時、恩師から一つの助言をいただきました。

 

「もっと身体と心を深く整える方法があるよ。」

 

そうして勧められたのが、ヨガとピラティスでした。

 

当時はハリウッドヨガやパワーヨガなど、フィットネスヨガ全盛の時代です。

私自身も最初は、尊敬する恩師の勧めだからという理由だけで学び始めました。

 

当時の日本のヨガ指導者養成講座には、今のような哲学教育はほとんどありませんでした。

私が最初に学んだヨガ哲学も、A4用紙一枚に八支則が簡単にまとめられている程度のものでした。

 

ですから当時の私は、まだヨガを人生哲学として捉えていたわけではありません。

けれど、不思議なことに次第に惹かれていきました。

 

身体を整えること。

呼吸を整えること。

心を整えること。

 

それらが別々ではなく、一つに繋がっている感覚があったのです。

 

その後、私は会社員とインストラクターの兼業生活を続けました。

平日日中は社長秘書として働き、夜や休日にはレッスンを担当する日々です。

 

気づけば五年近くが過ぎていました。

 

そして私は、いつしかインストラクターとして生きていきたいと思うようになっていました。

そのために一年間、仕事帰りに起業塾へも通いました。

 

けれど現実は簡単ではありません。

 

私はシングルマザーでした。

子どもたちを育てる責任があります。

 

決して生活は楽ではありませんでした。

 

事業の失敗を経験し、その後長く療養生活を続けていた父。

専業主婦として家族を支えてきた母。

 

安定した収入を手放すことへの不安は常にありました。

 

だから2012年の元旦、自身のブログにはこう書いています。

 

「子どもたちが成人するまでは、秘書の仕事とインストラクターの兼業を続けよう。」

 

その時は本気でそう思っていました。

 

ところが人生は、私の計画とは違う方向へ静かに動き始めます。

 

その直後、会社である出来事が起きました。

長年迷い続けていた私の背中を押す出来事でした。

 

私は退職を決意します。

 

2012年3月末。

十六年間続けた秘書の仕事を終えました。

 

そして一か月の準備期間を経て、同年5月。

八王子に小さなスタジオを開設しました。

 

その資金の一部は、前年に事故で亡くなった父が残してくれたものでした。

 

母は保険金を兄妹三人に分けてくれました。

私はそのお金をスタジオ開設の資金として使いました。

 

今振り返ると、それは父からの最後の贈り物だったように思います。

 

生前、父はずっと私の活動を応援してくれていました。

だからこそ、そのお金は単なる資金ではなく、父から託されたエールのように感じられたのです。

 

けれど当時の私は、まだ知りませんでした。

 

うつ病になったことも。

 

最初はエアロビクスに夢中になったことも。

 

再び病を経験したことも。

 

ヨガやピラティスへ導かれたことも。

 

会社を辞めたことも。

 

父が残してくれた贈り物も。 

 

そのすべてが、人生の答え合わせへと続く旅の入り口だったことを。 

 

2012年11月。

スタジオ開設から半年後。

 

私は人生で初めてインドの地を踏むことになります。

 

そしてそこで、これまで抱き続けてきた問いへの答えを少しずつ見つけ始めることになるのです。

 

次回は、人生を大きく変えることになった初めてのインドについてお話ししたいと思います。

 

 

RISHIKESH YOGASHALA

Yoga Wisdom

サティヤプレーマ