若い頃の私たちは、「もっと」という言葉に支えられながら生きています。
もっと頑張ろう。
もっと認められたい。
もっと成長したい。
もっと良い母親になりたい。
もっと仕事ができるようになりたい。
その向上心は、人生を豊かにしてくれる大切な力です。
だからヨガ哲学も、努力そのものを否定することはありません。
けれど人生には、努力の方向を変える時期があります。
人生の前半は、外へ向かって積み重ねる時間。
人生の後半は、内側へ向かって整えていく時間。
その転換点に立ったとき、今までと同じように頑張り続けようとすると、心も身体も少しずつ悲鳴を上げ始めます。
ヨガ哲学には、「アパリグラハ」という教えがあります。
一般には「不執着」と訳されますが、それは「何も持たないこと」ではありません。
本当に大切なのは、「持っていること」ではなく、「持っているものに縛られないこと」です。
過去の成功。
周囲からの評価。
若い頃の自分。
「こうあるべき」という理想。
それらを握りしめたままだと、新しい人生を受け入れる余白がなくなってしまいます。
そして、もう一つ大切な教えがあります。
それが「ヴァイラーギャ」です。
これは「離欲」や「執着から自由になること」と訳されます。
誤解されやすい言葉ですが、「欲をなくすこと」ではありません。
何かを得られなくても、自分の価値は変わらない。
失うことを恐れなくても、生きる意味は失われない。
そんな心の自由を育てていくことです。
人生の後半には、多くの別れがあります。
子どもの独立。
親との別れ。
仕事や役職からの卒業。
体力や外見の変化。
誰もが避けて通ることのできない変化です。
だからこそ、「失わない人生」を目指すより、「変化を受け入れられる心」を育てることの方が、ずっと大切なのではないでしょうか。
私は、多くの女性とお話をする中で感じることがあります。
人生後半を穏やかに生きている方ほど、「もう若くないから」と諦めているのではありません。
むしろ、「若い頃の自分に戻ろう」と無理をしていないのです。
今の自分を受け入れ、その時々にできることを丁寧に重ねている。
その姿は、とても自然で、美しく見えます。
ヨガ哲学が教える「手放す」とは、人生を縮小することではありません。
本当に必要なものだけを残し、心を軽くしていくことです。
すると、不思議なことに、失ったと思っていた場所には、新しい時間や、新しい出会い、そして新しい自分が静かに育ち始めます。
人生の成熟とは、多くを抱え続けることではありません。
必要なものを見極め、必要のなくなったものに感謝しながら手放していくこと。
その繰り返しの中で、人は少しずつ自由になっていくのだと、ヨガ哲学は教えてくれます。
RISHIKESH YOGASHALA
Yoga Wisdom
サティヤプレーマ
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