インド研修参加者レポート


 

今回、初めてのインド研修に参加しました。ヨガ指導者養成コースに在籍中、ヨガの哲学をはじめ、インド伝統式ヨガについて沢山のことを学ばせて頂きました。しかし『百聞は一見にしかず』というように、実際に自分の目で視て、感じて、その場所の文化や人や自然に触れてみたいと思っていました。

 

 

 

今回のインド研修で感じたことは、リシケシを訪れた時から今もまだ、言葉では表現しきれないことばかりでまとまりませんが、今思うことは、日本と文化や暮らしの違いはあるけれど、やはり人の心は共通しているということです。

人の幸せは、自分が素直な心で感じるものだということです。

そして、日本よりも文明の進歩がゆっくりとしているこの土地では、文明の進歩よりも人間としてどう生きていくのか、ということがシンプルに根付いているように感じました。より便利で、より早く、といった考え方ではなく『今をどう生きるのか』ということに焦点が当てられているように思いました。

 

 

例えば、狭い通りでも、広い通りでもあまり変わらない乗り物のスピード。「もっと落ち着いて!」と言いたくなるくらい、

なぜそんなに急ぐのかと聞きたくなるくらいの速さで道を駆け抜ける人達に初めは驚きましたが、きっとそれは今を一生懸命に生きている、ただそれだけなのだと思いました。(もちろん急いでいた人もいると思いますが)

 

 

その反面、ゆったりと流れる時間もありました。毎日アシュラムの鐘の音が響き、寺院を訪れる人達とマントラが流れる穏やかな祈りの時間。

そして、人間が暮らす街中には野生の猿や牛、野良犬が人と同じように行き交いながら生きていて、人と動物が大きな隔てもなく共に生きている優しい時間。イ

ンド中のみならず、世界中から訪れる人達を魅了させるガンガーでの心の時間。

日本の山とよく似ているヒマラヤの大自然の中で深呼吸する時間。

初めて訪れた場所なのに、どこか懐かしく温かい気持ちになりました。

初めて訪れた場所と感じない理由は分からないし、どうしてなのか分かりませんが本当に不思議な感覚を感じた場所でした。

 

 

また、リシケシは大自然に囲まれていて、人間が動物や植物といった自然環境を必要以上に奪ってしまうのではなく、お互いのスペースを必要な分だけ頂き、互いに仲良く共存し合っているように思いました。

これが本当の意味での共存なのではないかと感じました。

 

 

 

ここには、シンプルな人々の暮らしがありました。

シンプルな暮らしには矛盾を感じる面もあり、シンプルこそ難しいのだなと実感しました。

 

それでも今日一日ではなく『今をどう生きるのか』常に自分の心のままに動いている人達の暮らしが、この乗り物のスピードであったり、ゆったりとした時間だったり、表裏一体の空間を作っているのだと思いました。

 

 

まだ、貧困差は残っていますが、出会ったどの人達も、老若男女それぞれの生き方で一生懸命生きようとしている姿がとても印象的でした。

 

人の幸せは、自分が素直な心で感じるものであり、今をどう生きるのかということをヨガを通して学ばせて頂きました。

 

現代日本の暮らし方とは異なる環境でしたが、日本の文化もインドから伝わってきたことを考えると大変、感慨深いです。

この貴重な体験をさせて頂き、自分の肌で感じられたことは私にとって大きな一歩となりました。ありがとうございました。

By Tomomi

 


夢のような2週間だった。

毎日、たっぷりヨガ、ジャラネティができた。気のせいか、顔のシミが薄くなったようだ。蚊に刺されやすくなった。

代謝がよくなったか、体温が上 がったのかもしれない。でも思ったより、体は柔らかくならなかった。

 

各国のおいしい料理を食べ、しかも、それがベジタリアン食で、安い。毎回、大勢でおしゃべりしながら、食事ができたこともよかった。

日本食がまったく恋しくならなかった。不思議だ。野菜や果物、乳製品など、食材がとてもおいしかった。動物性のだしやスープ を使わずにどのようにしてうま味を出しているのか。

 

今回、シャンクハプラクシャラーナ、スートラネティを体験することができた。

このことでヨガがアーサナだけではない、健康維持のためのノウハウであることがしみじみ実感できた。

特にシャンクハプラクシャラーナで塩水を大量に飲み、一連のアーサナをしてい るとき、自分の消化器官の上から下に塩水が移動しているのを実感できた。

また、休み時間にシーロダーラも体験することができて、アーユルヴェーダの奥深さをほんの少し知ることできた。

中国から来た漢方もしかり、西洋医学とは違う、ローカルな 医学、健康方法が世界各地で多彩に存在することを実感した。

 

ナラヤン先生の英語は独特のイントネーションがあるが、ゆっくりして言葉も少なく、ヨガの指導はわかりやすかった。

研修のはじめの頃は、ナラヤン先生、ナマンやニシュー 先生の話す英語の半分ぐらいしかわからなかったが、終わりに近づくと、4 分の3ぐらい はわかるようになった。多くのニシュー先生のお仲間たちにお世話になった。

 

いっしょに参加したメンバーは、みな個性豊かでやさしくて、かわいくて楽しい人たちであった。

特にお買い物のセンスには感心した。雑多に置かれているように見える、ヨガパンツやショール、アクセサリーの山から、サっと、自分自身に似合うものを探して購入している。しかも、色や柄は日本にはまったくないものなのに。。私は自分では選べず、ほとんどを彼女たちに選んでもらった。

 

また、ヨガの道にはいったきっかけを教えてもらった。考えさせられた。

お互いに体調を気にしあい、全員無事に研修を終えることができ て本当によかった。いいメンバーに巡り会えた。

 

しかし、インドはゴミが多く、ホームレス、ストリートチルドレンも多く、たいへんな国だと思った。

宿はシーツ、ベッドなどもう少しきれいだとよい。電力を使わずに洗濯が できるコインランドリーがあるとよい。

シャワーはもう少しゆっくり使いたい。

 

憧れのインドヨガ研修の機会を与えてもらったので、そのお返しがしたいと考えた。

そ こで、自分の主催するヨガ教室の実施枠をもう1つ増やすことにした。 最後に、社会人になってからこのような体験をすることができて幸せだと思う。

 

一般の海外旅行とは異なり、国内のヨガ研修とも異なり、独特な経験をさせてもらった。真理先生ありがとうございます。

これからも続けていってください。 By Ryoko


真理先生、ニシュー先生、インド研修を企画して下さいまして、有難うございました!

初めてのインド、とても楽しかったです。

先生たちと一緒に行けたメンバーたちとニシュー先生のファミリー的な現地の優しいインドの人たちのおかげで、素晴らしい2週間を過ごせたなぁと思います。

インドにいる時は、存分にインドにいることを楽しみ、ヨガをやって、なんだかとても自由な気持ちでした。
予想もしないハプニングがいくつかありましたが、それもいい経験でした。

インドに着いて、初めてレストランで食事をした時、白い詰め物の歯がガリっと割れて、まだ来たばっかりなのに…とショックだったのですが、何日かしたら逆に割れてよかったのかなと思いました。

日本に帰ってきて歯医者に行ったら、割れて残った歯を取ったら、その下は虫歯で真っ黒だったのです!

まだ、保証期間内だったので、無料で治せました。

インドに行ったら、悪いところは隠せない感じがするというか、日本にいる時は、潜在的に隠れているものが解放されて出てくるような感じがしました。ありのままの自分をより感じやすい場所だと思います。


そして、日本に帰ってきてインドに行ったことを振り返ると、自分は前より元気になって帰って来たな~と思います。

インドに行く前は、”お腹壊さないかな?”とか、”虫は大丈夫かな?”とか、色々心配なこともありましたが、自分が思ったより、全然大丈夫でした。普通に水道水で歯を磨いたり、シャワーを浴びたりしても平気だったし、虫はちょっと大変なこともあったけど、気をつければ大丈夫だし、慣れればあんまり気にならなかったです。意外にインドの生活になじめて楽しい2週間でした。

ヨガも朝3時間、夕方3時間を毎日のようにやると、体の変化が早く、日本ではこんなに集中的にやる機会がないので、ヨガの効果みたいなものを感じられて良かったです。

日本に帰って来てからも、インドのゆったりとした心地よい空気は今も自分の中や周りに流れている気がします。

前よりも少し楽観的で穏やかな自分になれている気がします。

初めてのインドの旅は、”また、行きたいな”と思って帰って来れました。

そんな風に思える旅にしてくれた皆さんに感謝です。

またいつか行けますように。

Namaste!  By Misono


今回のインド・リシケシ2週間の研修に参加でき、無事にその過程を終えて帰国できたことに感謝致します。

日本とは、全く異なった空間、異国の地、社会情勢の中で、不安や困難さ、危険を味わうことなく過ごせて、研修のみに集中できる環境を与えて下さったことに深く感謝いたします。

 

<自然>

インド・ヒマラヤ・リシケシの自然の深さ、スケールの大きさに圧倒される。

木々や緑、大地、川や水の流れ、あらゆるものを包み込む空気とその空間、すべてが生き生きとして大きなエネルギーを発して存在している。そのパワーの中で、自分は、「ここに、いる」のではなく、「この中で、生かされている」という感覚が明確になる。

日常での生活の中での意識が無くなってしまわれがちな、自然、地球、宇宙の存在が、インドではありありと迫って来る。

の大きな流れの中の一部にある自分自身を改めて考えることになる。

 

<尊重>

インドの風景は、古い時代のシンプルな生活と、現在の新しい技術、両者の混在であった。

そして、人間と動物、植物、ありとあらゆる生きもの。自然と人工物。すべてが無頓着に何の規範もなく、一緒に混在している。

日本の日常では、すべてにおいて、分け隔ての意識で整理され、不快、不要物が排除される。

インドはありとあらゆるものを尊重し、認め合っているからこそ、その混在がある。

どれもが認め、認められているから、自然で違和感がない。

その中で過ごした自分も、ありのままが受け入れられているという心地よい感覚が確かにあり、それは、私自身も、快不快からの判断や決めつけから解放されて、すべてを受け容れるという許容力、包括力の器を持ち続けたい願望に結びつく。

 

<気づき>

1、可能性

思い込みや決めつけを手放し、まずは、自分自身のもつ力、動作、感覚、感情や思考全てにおいて、様々な可能性を秘めているということ。

それは、自分だけではなく、周囲の人々、事柄、すべてにおいて同様のことが当てはまるということ。

これまでの経験や常識だけでは判断することは危険である。

 

2、執着心を捨てる

シンプルな生活をするということ。自分が所持していないものをやたりと、求めるのではなく、必要なものを必要なタイミングで手に入れること。今ある状況に足りた感覚を持ち続けること。

 

3、時間

時間の流れを改めて考える。自分自身の意識と集中力をどこに集めるかによって、時間の流れは大きく変わる。

その流れを大切に過ごしていくこと。

 

4、生き方

「目の前にいる人に対して、自分の可能な範囲の持っている力を差し出して、何かしらの助けとなりたい」

理学療法士として、過ごしてきた、これまでの私自身の信念を基盤として、これからは、医療や福祉の場に限られることなく、ありとあらゆる環境で、様々な方々、存在するものに対して、YOGAの学びを通したサポート、援助、助けの力となること。

 

最後に・・・・

今ある自分の置かれた環境、状況に感謝し、自分自身に課せられた使命を果たしていくべく、日々、過ごして参ります。

自分自身の学びを深めながら、真理先生・ニシュー先生のサポート、力となり、YOGAを学ぶ人すべての支え、力となることに集中していきます。どうぞ、よろしくお願い致します。

 

By Miyuki